甲状腺の異常が持病に・・・あきらめす漢方で機能回復へ

幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局(帝国ホテル内漢方相談薬局)の症例をもとにした漢方ストーリー 

甲状腺機能低下症と診断された一人の女性が、漢方によって体調を調え甲状腺機能を回復させていく過程を物語風に描いています。症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。


■■甲状腺機能が低下■■


近ごろの若い人たちは、付き合いがわるい。仕事が終わったあと飲みに誘っても、断られることが多い。こんなことを言うと中年のおじさんのようだが、奈津子はまだ30歳代である。

仕事のあと飲みにいってアルコールをはさんでコミュニケーションを深める"飲みニケーション"は大事なことだと思っている。 

そういう奈津子も新人時代は、仕事のあと会社仲間と飲みにいくことが、あまり好きではなかった。せっかくプライベートな時間になったはずなのに、上司や先輩とそのままずるずると時間を過ごす。友だちと飲むのとは違い、気を遣わなくてはならない。仕事の話になると、真剣に聞いているふりもしないといけない。雑談は雑談で話題があわず、つまらないことも多い。飲み会が終わってひとり電車に乗り、ようやく肩の荷が下りてホッとする日も多かった。

だから最近の新人たちの気持ちも分かる。

しかし今になって思うと、ああいう場所で結構大事なことを教えられてきた。勤務時間内には教えてもらったことのない仕事の進め方や考え方、会社内の人間関係や不文律、そして上司や先輩たちの仕事に対する熱意や夢などが、勤務時間外だからこそ知ることができた。仕事では話す機会がない他部署の人たちともお知り合いになれた。

最近の若い人たちはコミュニケーションが苦手だとよくいわれる。奈津子も同感だ。もっと飲みに付き合えばいいのに。もっとコミュニケーションができるようになれば、楽しいし、仕事もうまくいくのに。

そんな気持ちもあってまた部下を誘うのだが、やっぱり付き合いはよくない。結局、月に数回、同期や先輩たちと飲みにいくことになる。最近は体調がすぐれないのだが、飲み会には顔を出す。 先日は礼子と飲みにいった。

「最近の若い子たち、付き合いがわるいわね」

「ほんと、そうね。でもわたしがいつでも付き合ってあげるから心配しないで」と礼子は答えつつ奈津子の顔を見て続けた。

「奈津子、体調よくないんじゃないの? 顔色がさえないわよ」

礼子の言うとおり、このところ体調がよくない。とにかく疲れやすい。むくみもひどい。夕方から脚がパンパンにむくむし、朝は朝で顔がむくむ。むくみと関係があるのか、朝、起きたときに手の指にこわばりを感じるときもある。

体重も増えた。さほど量を食べていないのに太ってきた。寒がりもひどくなり、冷えを強く感じる。からだを動かしても汗をかかなくなった。

なんだか若々しさが失われて、急に年老いた感じがして情けない。

そしてとうとう先日の会社の定期検診で、コレステロール値が基準値を超えて高くなっていることが分かった。

奈津子は病院に行った。そして「甲状腺機能低下症」と診断された。

病院の話では、甲状腺に慢性的な炎症があって甲状腺が少しはれている「橋本病」にともなう甲状腺ホルモン合成の低下でしょう、とのことだ。それ以来、甲状腺ホルモンを人工的に補う薬を飲んでいる。

3か月間その薬を飲んだ時点で血液中の甲状腺ホルモン濃度は安定しつつあるとのことで一安心ではある。しかし、むくみや体重、疲れやすさはあまり変わらない。しかもこの薬はずっと飲み続ける必要があるそうで、心配だ。

そんなとき、礼子がすすめてくれたのが、漢方薬だった。礼子はアトピーを漢方薬で治している。

「この機会に根本的に体質改善して、もとの元気な奈津子に戻ったほうがいいと思うわ」

奈津子もさっそく礼子が通っていた漢方薬局に行ってみることにした。 


■■ホルモンバランスを漢方で調整■■


漢方薬局は病院と違って先生と話す時間がたっぷりあり、漢方の先生は奈津子の相談にも親身になって乗ってくれた。

奈津子の病気の場合、体内の甲状腺ホルモン濃度が低い。甲状腺ホルモンは新陳代謝を盛んにするホルモンで、成長・発育や、日々の元気な活動には欠かせないホルモンだ。甲状腺機能が低下すると、この甲状腺ホルモンが減り、新陳代謝が衰えることになる。

奈津子が寒がりになったのも疲れやすくなったのも、これと関係がある。むくみや手指のこわばり、便秘、コレステロール値の上昇も、甲状腺機能の低下でよくみられる。皮膚が乾燥してカサカサになることもある。

体重の増加も甲状腺機能の低下に伴って現れやすい。むくみとも関係があるが、新陳代謝が低下したためにカロリーの消費が少なくなり、体重が落ちなくなるそうだ。

この病気には自己免疫の異常が関係しているとのこと。

「免疫は、体内の外敵を攻撃して健康を守るための大切な機能です。しかし、たまに自分のからだを外敵と間違えて攻撃してくることがあります。これが自己免疫の病気です」

「必要だけど、張り切りすぎなんですね」

「そう、ちょっとお節介な病気です。漢方では、そのお節介で張り切りすぎの機能を落ち着かせ、甲状腺の機能そのものを回復させていくことにより、甲状腺機能低下症を根本的に改善していきます。甲状腺ホルモンを薬剤として人工的に補充するのとは別の方向でホルモンバランスを調整します」

中医学では甲状腺腫をえいりゅう?瘤とよび、橋本病もこれに属するとのこと。この病気の根本原因のひとつは「気」の流れの停滞にあるそうだ 。

奈津子も気の流れをよくする漢方薬で体質を改善し、甲状腺の機能を回復させていくことになった(漢方道の必殺技③) 。


■■心もからだも落ち着いて■■


漢方薬を病院の薬と併用しはじめて半年、奈津子の体調は着実に良くなっていった。あんなにひどかった疲れが楽になってきた。むくみも気にならないくらいに減った。体重も元に戻った。

病院の検査でも甲状腺機能が回復してきていることが分かった。甲状腺のはれも落ち着いているとのことで、病院の薬の量も減った。順調な経過を漢方の先生にも報告した。

「漢方は甲状腺機能低下症によく効くのですね」

「甲状腺機能低下症だけでなく、甲状腺機能亢進症にも漢方は効果的ですよ」

甲状腺機能亢進症とは、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気で、代表的なものがバゼドウ病である。この病気も自己免疫の異常と関係が深く、甲状腺機能低下症とは逆に新陳代謝が活発になりすぎて、動悸や息切れ、多汗、疲労感、また眼球の突出などの症状が現れる。漢方では、亢進した甲状腺の機能を落ち着かせる方向で治療を進める 。

甲状腺機能低下症も甲状腺機能亢進症も、男性より女性に多い。しかも二十歳代から四十歳代に多くみられる。体内のホルモン濃度を薬剤でコントロールするだけでなく、同時に漢方薬で甲状腺そのものをいたわってあげられるといいですね、と漢方の先生が言った。

先日、久しぶりに礼子と飲みにいった。礼子は、奈津子が元気そうになっているのをみて喜んだ。

「よかったわね、漢方薬が効いたみたいで」

「からだの中のある機能が張り切りすぎて、お節介なことをしていたんだって」

それを聞いた礼子は、「お節介? それって奈津子が新人を飲みに誘いすぎているのと同じじゃないの」と笑った。そうか、お節介だったのか。

「自分が善かれと思って張り切ってしていることでも、他の人にとっては負担だったり迷惑だったりすることもあるのよね」

ある程度の飲みニケーションは、とくに今の若い子たちには必要だという気持ちは変わらない。しかし、たしかに自分の価値観を押し付けすぎるのはよくないかな、とも思った。

漢方薬を飲むようになって、心もからだも落ち着いてきた。この調子でお節介な自己免疫の病気をさらに和らげていこうと思う。ついでに自分のお節介もほどほどにしようかな、とも考える奈津子だった。

(幸井俊高執筆 「VOCE」掲載記事をもとにしています)

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