おなかが張ってガスがたまるって、病気?

幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局(帝国ホテル内漢方相談薬局)の症例をもとにした漢方ストーリー 


ある若い女性がおなかにガスがたまる悩みを漢方で解決する過程を物語風に描いています。

病院に行くほどのことではないけれど密かに困っているガスの悩みに漢方は効果を発揮します。

症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。


■■ガスがたまって苦しい■■


今度の日曜日は友香里の結婚式だ。慎重で用心深い彼女が燃えるような恋をして、そのまま結婚しちゃうなんて、にわかには信じられなかった。しかも私よりも先になんて、ずるい。

友香里はどんな花嫁衣裳を着るのかしら。とても楽しみだわ。それに学生時代の友だちとも久しぶりに会えるし。

でも実は楽しみがもうひとつ。それは、昔の恋人に会えること。

それは友香里がフィアンセを紹介してくれた、ある夏の日に判明した。フィアンセは私たちと同い年で、通信会社に勤めている。ハッとしたのは、彼が学生時代にゴルフをしていたという話をしたときだった。

――えっ、前の彼と同じだわ。しかも同じ学年……。

予感は的中した。大学は違ったが、交流試合を通じて顔見知り、いや、それどころかお互いに気が合って、大学を卒業してからも、よくゴルフにいったり、飲みにいったりしているという。

「えっ、明菜さん、木村のこと知ってるの?」

友香里のフィアンセが乗り出して聞いてきた。

「え、ええ。高校時代の友だちよ。そのころから熱心にゴルフをやっていたわ」

そう、熱心にゴルフばかりやって、私にはあまり見向きもしてくれなかった。

「へえ、世間って狭いわね」

友香里も興味深そうに口をはさんだ。

「木村君も結婚式に来てくれるのよね、武志」

友香里から結婚する話を聞いたのは、その半年ほど前だった。

「明菜、結婚式に来てね」

もちろん私は出席すると返事をした。親友のハッピーな結婚は、私にとってもうれしい話だ。

でも当時、私には大きな悩みがあった。体調がすぐれなかったのである。とにかく、おなかの調子がわるかった。なにかあると、すぐにガスがたまって苦しくなるのだった。


■■未病(みびょう)を治す■■


はじめは、こんな悩み、だれに相談していいのか、わからなかった。調子がいいときには、おなかも張らないし、ガスもたまらない。どこかが病気になっているようには思えない。

でも、緊張すると、ぽこっとおなかが張る。膨満感が生じる。ガスがたまり、つらい。それに、気になって仕方がない。音が出たら、恥ずかしい。においだって、いやだ。

リラックスしているときは平気なのに、人と話すときや、とくに静かなところで、ガスがたまりやすい。電車の中や会議中など、気になると、かえって症状が悪化する。会議の途中で何度も席を立ってトイレに行くのも恥ずかしい。でもわからないようにしようと思っても音がすることもある。かといって、我慢すればおなかが張って苦しくなってくる。ぐるぐると下腹が大きな音を立てることもある。

そんなわけで、結婚式もつらい時間じゃないかと想像している。主賓のあいさつやらで会場がしーんとしているときは最悪だろう。だから、友香里の結婚式には本当に行きたいけれど、その点だけが大きなネックとなっているのだ。

あまりに苦しくて病院に行ったこともある。レントゲンを撮るなどの検査をしてもらったけど、ガスがたまっているだけで、異常はない、と言われた。生理現象だから、気にしなくていい、とも言われた。

そんなこと、わかっている。だれだってガスは出るわよ。でも、だれもが皆、こんなにおなかが張って苦しいわけじゃないでしょ。乙女心をわかっていないわね、この先生。病院じゃ、らちが明きそうにない。やっぱり、だれに相談していいのか、わからなかった。

――そうだ、漢方でぜんそくを改善した友香里に相談してみよう。

見るからに弱そうな友香里は、子どものころからぜんそくに悩まされていた。いつもぜんそくの薬を持ち歩いていた。

それが漢方薬を飲むようになってから、少しずつだけど確実に体力がついて、とうとうぜんそくの薬を飲まなくていいようになったのだ。はたから見ていても、顔色がよくなり、元気そうになっていくのがわかった。漢方で体質改善って、すごいなあ、と思ったものだ。

「そういうふうに、病院にいっても異常なしって言われるような症状には、漢方が絶対に合うと思うわよ」

私の話をひととおり聞いてくれたあと、友香里は太鼓判を押してくれた。

「あら、どうして?」

「だって、漢方って、むかしから、病気になってしまう前から改善を始めるのが得意なんだってよ」 「そんなこと、できるの?」

「病気になってしまう前に、必ずからだのどこかでバランスがわるくなるところがあるんだって。それで、その段階で改善を始めちゃうみたいよ」

「その、くずれたバランスを元に戻すわけね」

「漢方で体質改善するって言うじゃない? あれって、そういう意味もあるみたいよ」

なるほど、病気にならなくても、体調がわるいという状態でもその悪化した体調を改善できる、ってことね。私の悩みに効きそうだわ。

「病気になる前に、病気になっていく体質を改善するっていうことを、漢方では『未病(みびょう)を治す 』って言っているみたいよ」

「ミビョウ?」

「そう。『未』の字には、まだそうなっていないっていう意味があるでしょ。たとえば未来っていうのは、まだ来ていない将来のことよね」

「言われてみれば、そうね」

「ほかにもあるわ。未知、未熟、未完成、みんなそうよ。未完成だと、そのうち完成するだろうけど、いまのところはまだ完成していないっていうこと」

「つまり『未病』というのは、そのうち病気になるかもしれないけど、いまのところ病気とまではなっていないってことね」

「そう、いまだ病気にあらず、ていうことで、まあ、病気じゃないけど健康でもない、半分病気で半分元気って状態かな。だから、明菜のガスの悩みにも、漢方がいいかもよ」


■■「気」の流れが病気を制す■■


さっそく漢方薬局へ行ってみた。ちょっと怪しい感じやうさんくさい雰囲気があるのかな、と思っていたけど、そんなことは全然なかった。店内は明るく、受付の女性も私と同世代くらいで、にこにこと丁寧な方だった。

漢方の先生も、その女性と同じくらい、にこやかで、しかも童顔だった。ひげづらのいかめしい老人をイメージしてきただけに、ちょっと驚いた 。

病院のようにレントゲン検査や触診はなかったが、20分ほどかけて、あれこれと尋ねられた。先生は熱心にメモをとりながら話を聞き終わると、私に話してくれた。

「あなたの場合は、『気』の流れがわるくなりやすいタイプのようです。気の流れが滞ると、痛みを生じたり、膨満感が発生したりします。ですから、リラックスしていて気がさらさらと流れているときは何ともないのですが、緊張やストレスで気の流れがわるくなると、おなかが張ったりガスがたまったりするのです。こういう体質を、漢方では『気滞 』とよんでいます」

漢方では、こういう場合は、気の流れをさらさらにする(漢方道の必殺技③)ことにより、気滞の体質を改善していくとのことだ。具体的には、旋覆花や香附子などという生薬を煎じて飲むことになるらしい。

「先生、このままほうっておいたら、どんな病気になるんですか?」

「え? ほうっておくことはないんじゃないですか? どうして?」

「だってこんなにつらくても病院の検査では異常なしで、病気とはいえないっていうことだったので」

「なるほど。そうですね、西洋医学では病気としては認められないでしょうね。でも漢方では、すでに体質の悪化がみられるわけですから、改善を始めるわけですよ。別に病気になるまで待つ必要はありませんからね」

「未病を治す、ですね」

「そう、よくご存知ですね。最近では『未病』ということばもあちこちで見かけるようになりましたね。漢方は、ガスやおなかの膨満感を抑える薬ではありませんから、体調がよくなってきたら、飲む薬の量を減らしていっても大丈夫だと思いますよ 」

一週間後にわたし用の漢方薬が半月分、自宅に送られてきて、それから煎じ薬を飲む毎日が始まった。

最初は何カ月もたいした体調の変化がなかったが、「もうちょっと続けないと、効果がわかんないわよ」という友香里のことばと、「まあ、長年の体質を改善するわけですから、そんなに急には無理ですよ」という漢方の先生の話に後押しされて続けるうちに、ふと気がつくと、5カ月くらいたったころには、おなかが張ってガスがたまることが少なくなり、そんなことを気にしないで電車に乗ったり会議に出席したりするようになっていた。

「気滞」の体質が改善されてきましたね、と漢方の先生にも言われた。

なんだか、自信がついてきた。これなら結婚式も大丈夫そうだわ。昔の彼氏とも、緊張しないで話ができそうだわ。

さあ、いよいよ友香里も結婚。となると、そのうち今度は彼女のほうから「最近、おなかが張ってきて」なんておめでたい話を聞かされるはめになる日も近いかもしれないわね。でも同じ腹部の張りでも、私の場合は「気滞」だったけど、友香里の場合はご両親や周りの人からの「期待」が集まって、というところかしら。楽しみだわ、結婚式。

(幸井俊高執筆 「VOCE」掲載記事をもとにしています)

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