摂食障害、漢方で恐怖が消え自然に元気に

幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局 の症例をもとにした漢方ストーリー 

ふとしたことから太ることへの恐怖心に支配されるようになってしまった亜紀が、漢方薬と漢方思考で自分を変えていく過程を物語風に描いています。症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。


■■ふとしたことで摂食障害に■■


「摂食障害ですね」

病院でそう言われたのは4か月前だった。

その頃のわたしの体重は40キロを割っていた。急にやせ細ってきたわたしを見て心配した両親が、わたしを病院に連れて行った。

食事がたべられなくなったのは、その半年ほど前からである。

「太ってる人って、苦手なんだよね」

当時つきあっていた彼の一言が、わたしの心にぐさっと突き刺さった。

小さい頃から意地っ張りなわたし。その日からシビアなダイエットが始まった。

そのうち太ることが不安になった。どれくらい食べればいいのか、わからなくなっていった。太ることへの恐怖心も感じるようになった。

仕事にも支障が出てきた。体力的に弱くなり、残業ができなくなった。集中力も低下して単純なミスも増えた。部長と相談して仕事量を少し減らすことになった。

反動でたくさん食べては吐く、また食べては吐く、という行動もするようになった。食事はほとんど食べないのに、夜遅くなってから無性に甘いものが欲しくなり、菓子パンをたくさん食べてはトイレで吐く。いわゆる過食嘔吐である。吐いたあとは罪悪感にさいなまれ、とても惨めな気分になった。

自分ではこんなにやせてはいけないとわかっているのに、太ることへの恐怖心がふつうの食生活への復帰を妨害した。こんなところで意地を張らなくてもいいのにと思っても、ふつうに食べることができなかった。

病院の先生は、診察のあとで、こうおっしゃった。

「その意地っ張りな性格を変えれば拒食症は治りますよ」

ちょっと心のバランスを崩しているだけですから、しばらく薬を飲んでください、と軽くおっしゃって、向精神薬が処方された。両親は落ち込んでしまい、わたしはそれを見て申し訳なく思った。もちろん自分では向精神薬が処方されるなんて思っていなかったから、悔しかった。

同期の健太くんが心配そうに声をかけてくれた。

「おい亜紀、さいきん元気ないけど大丈夫か」

同僚の曜子も心配してくれた。女性同士なので、曜子にはいろいろと話をして相談に乗ってもらった。

「なんだかその病院、冷たいわね」

「そうね。両親も落ち込んじゃって」

「ねえ、漢方も試してみたら?」

聞くと曜子は子宮筋腫を漢方で改善したとのこと。化学薬品より、漢方薬でからだの中からじっくりと元気になったほうがいいのでは、というのが曜子のアドバイスだ。

さっそく曜子の通っていた漢方薬局に行ってみることにした。


■■気分をゆるめる漢方薬■■


漢方薬局には両親も一緒に来てもらった。

これまでの経緯についてカウンセリング室で漢方の先生に詳しくお話しした。

わたしの悩みは、体重の減少と体力・気力の低下もさることながら、体重増加に対する恐怖感やこだわり、それに体重を元の状態に戻したほうがいいのは頭の半分では理解しているのに実際の行動とうまく結びつかないことである。

「頭の中では、体重を増やして元気にならなきゃと理解しているんです。でも、同じ頭の中に、太ることへの恐怖心や罪悪感があって、どうしても食べられないんです」

先生によると、わたしの場合、五臓六腑のひとつ「心」が強く、別の臓腑の「脾」が弱いそうだ。それで五臓六腑のバランスが不安定になり、拒食症というかたちになって出ているとのことだ。

「亜紀さんの頭の中は、まったく正常です。相反する二つの考えをもつことなんて、だれにでもあることです。ただ亜紀さんの場合は、考えすぎて、こだわりすぎているようです。それが体調に悪影響を及ぼすようになってしまったのでしょう」

「そうなんです。病院の先生には、意地っ張りな性格を変えれば拒食症は治る、と言われました」

「意地っ張りは意地っ張りでいいのですよ。それは亜紀さんの性格ですから」

「でも、その意地っ張りな性格が拒食症の原因、と言われて」

「性格は性格、人それぞれ、いろんな性格の人がいて、いいのです。みんな同じ性格では、つまらないでしょう。みんな違うから楽しいし、いろんなことができるのではないでしょうか」

「それはそうですけど」

「ただ、そういう性格が体調に悪影響を及ぼさなければいいのですよ。これから漢方薬を飲んで臓腑のバランスが調って元気になれば、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。頑張ってみます」

「どんな性格にも、いい面とわるい面があります。わるい面はさらっと流して、いい面をどんどん伸ばしていけるようになってくださいね」

一緒に漢方のカウンセリングに来てくれた両親も、ほっとしたような顔をした。わたしも両親も、緊張して硬くなっていた気分が少しゆるんでくれた感じがした。

さっそく「心」をゆるめて「脾」を補ってバランスを調える漢方薬をしばらく飲み続けることになった(漢方道の必殺技④)。

なお先生がおっしゃるには、拒食症の人はみな「心」と「脾」のバランスがわるいというわけではなく、ほかにも「肝」が敏感になっているタイプや、「痰飲」という体質の人も少なくないそうだ。

過食症も同じことで、やはり心身のアンバランスが根本にあるとのこと。ふとしたきっかけで五臓六腑のバランスが崩れ、心とからだ、考えていることと行動とがちぐはぐになってしまうのだそうだ。わたしと同じように親しい人のちょっとした一言や、ダイエット、雑誌やテレビの情報がきっかけでなる人が多いとのことで、最近では漢方のカウンセリングに来る人も増えているそうだ。

「みなさん、まったくふつうの方々です。ただ少しばかり頑張りすぎだったり、意地っ張りだったり、こだわりが強かったり、完璧主義者だったり、自信を失ったりしています。そういうことが敏感に行動や体調の悪化に結びつかないように、漢方で気分をゆるめていくことができれば、ふつうに食べることが当たり前になっていくものです」


■■楽な気分で元気な自分に■■


漢方を飲み始めてから、ぴんと張りつめていたゴムが、ふっとゆるんだようになった。数か月後には、食事がおいしく感じられるようになってきた。体重も少しずつ増えた。立ちくらみがすることも、なくなった。

太ることに対する恐怖心も薄らいでいった。しばらく止まっていた生理も久しぶりに来た。母も喜んでくれた。食べたほうがいいのか、食べないほうがいいのか、という葛藤も薄らぎ、食べることが当たり前に感じるようになってきた。元気だった頃のわたしに少しずつ戻ってきた。

会社でも、しばらく減らしていただいていた仕事量を、元に戻すことになった。さっそく曜子が喜んでくれた。

「亜紀ちゃん、よかったわね」

健太くんも喜んでくれた。

「また一緒に頑張ろうな。焦んなくていいからな」

部長もほほえんで言ってくださった。

「また意地っ張りなところを仕事に生かして、がんがん頑張ってくれよ」

会社の仲間には温かく受け入れられて、嬉しい気持ちになった。

でも、彼とは別れた。

わたしが拒食症で苦しんでいたとき、会社の上司や仲間は心配して声をかけてくれた。でも彼から優しいことばを聞くことはなかった。

もちろん意地っ張りなわたしの性格にも反省すべき部分はあると思う。でも漢方の先生や部長がおっしゃるように、それはそれでいい面もある。そんなプラスマイナスの両面を大きく見守ってくれる人が、わたしには必要かもしれない。

幸い職場では、そういう人たちに恵まれている。もちろん両親だって、そうだ。よし、漢方薬でもっと元気になって、これからも、この意地っ張りな性格に感謝して、そのプラス面を生かしていこう、と思った。

(幸井俊高執筆 「VOCE」掲載記事をもとにしています)

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