1. 背景
一般に疲労倦怠感の証の多くは虚証であるとされています。また疲労倦怠感を訴える患者で腎虚証のものは中高年に多いとされています。しかしわたしの経験上、実証である肝鬱(かんうつ)のもので疲労倦怠感を訴えるものも少なからずおり、また中高年とはいえないものでも腎虚証を表して疲労倦怠感を訴えることが多く見られます。
そこでわたしが疲労倦怠感を訴える患者に接してきた経験を統計的に処理し、現代の日本の疲労倦怠感の証の特徴として論文にまとめ、2000年4月に北京で開かれた国際学会「国際伝統医薬大会」にて発表してきましたので、ここに報告します。
2. 一般的な疲労倦怠感の証
現在中国全土で使われている中医学の統一教科書によると、慢性の疲労倦怠感の証は気虚(ききょ)・血虚(けっきょ)・陰虚(いんきょ)・陽虚とあります。いずれも虚証です。またその原因としては、虚弱体質・過労・不摂生な食生活・大病などが挙げられています。改善法としては不足しているものをそれぞれ補う方法です。
3. 現代日本における疲労倦怠感の証の特徴
以下にわたしが国際学会で発表した論文を補足して記します。
結論は、
1:30歳代から40歳代の患者にも腎虚証が多く見られたこと、
2:実証である肝鬱の患者も多く見られたこと、
3:正確な弁証が重要であることです。
[緒言]
疲労倦怠感の証の多くは虚証であり、六君子湯(りっくんしとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの処方を必要とする気虚を基本に考えるのが一般的である。ところが近年、日本において疲労倦怠感を訴えるものの中で、腎虚や肝鬱のものが少なからず見られる。さらに30歳代から40歳代という、まだ高齢者といえないものにも腎虚の証が表れることも多い。今回、疲労倦怠感を訴える患者に対して中医処方が有効であった症例を分析し、現代の日本における疲労倦怠感の証について、その特徴を報告する。本報告では、30歳代から40歳代の年齢層に焦点を当てる。
[対象および方法]
疲労倦怠感を訴える患者に対して中医処方が有効であった36例を分析し、その証の特徴を評価した。対象は30歳から49歳までの男女とし、1999年1月から12月までの間に診断したものとした。処方は、腎虚には右帰丸を、肝鬱には四逆散(しぎゃくさん)を、気虚には六君子湯を、そして血虚には帰脾湯(きひとう)を中心に用いた。その他の証に対しては、表1の通り、基本的には前述の処方に生薬数種を加味して用いた。
処方はすべて煎剤とした。
[結果]
疲労倦怠感を訴える患者の証は、主に腎虚・気虚・血虚・肝鬱の4タイプであり、この4タイプの証とその組合せで91.7%を占めた。今回調査した症例の中で、もっとも多かったのは腎虚+肝鬱タイプであり22.2%であった。その次が腎虚+気虚タイプと気虚+血虚タイプであり、それぞれ16.7%であった。腎虚・肝鬱・気虚・血虚のいずれかの証が単独で表れる例は22.2%であった(表1参照)。ある証が単独で表れる場合と他の証と合わせて表れる場合とに関わらず、その出現頻度を集計すると、腎虚をともなう症例が52.8%、肝鬱をともなう症例が33.3%、気虚をともなう症例が41.7%、血虚をともなう症例が33.3%であった(表2参照)。
腎虚・気虚・血虚・肝鬱以外には、陰虚や湿熱の証が見られた。
[考察]
疲労倦怠感を訴える患者に最も多く見られた証は、表1の通り、腎虚+肝鬱タイプであった。対象が30歳代と40歳代であり、年齢的には腎虚はさほど多くはなく、気虚が最も一般的かと思われたが、表2の通り、気虚が表れた症例は全体の41.7%あり、腎虚が表れた全体の52.8%におよばなかった。また肝鬱が表れた症例も全体の33.3%あり、疲労倦怠感には一般的に多く見られるとされる虚証の気虚や血虚と同程度に、肝鬱の証が見られることがわかった。腎虚は、一般的には先天的な虚弱や老化・慢性疾患・過労などが原因で、生長・発育・生殖をつかさどる腎気が衰えた病態である。また肝鬱は、精神的ストレスや緊張などが原因で、肝気が鬱滞し、気機を疎泄することができなくなる病態である。30歳代から40歳代の疲労倦怠感を訴えるものの中に、腎虚や肝鬱が少なからず見られることは、彼らの疲労倦怠感の背景に、過労や精神的ストレスなどの要因が存在することも考えられる。
[結語]
現代の日本における疲労倦怠感の証の特徴として、30歳代から40歳代にかけての患者には、腎虚が最も多く見られた(52.8%)。ついで気虚の証が多く見られた。そして肝鬱の証が血虚と同程度に多く見られた(33.3%)。以上の結果は一般的な疲労倦怠感の証の特徴とは若干異なるものである。このことは、患者ひとりひとりに対し、その年齢や一般論などの先入観にとらわれず、正確な弁証を行うことの重要性を示唆するものである。