PMSでいらだつ性格を明るく変えた漢方
幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局 の症例をもとにした漢方ストーリー
PMSでいら立ち、上司と口論して泣いてしまったOLが、漢方薬を服用してPMSが改善、明るく穏やかに変身した例を物語風に描いています。症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。
■■生理前の憂うつ■■
「あれって、やっぱりPMSだったみたい」
女性用のロッカールームでたばこに火をつけながら麻美が親友の博子に言った。「あれ」っていうのは、一カ月ほど前に上司と口論になり、オフィスで泣き出した件である。
あとから考えると、まったくたいしたことのない、ささいなことだった。けれども、そのときは上司のひとことにカッとなって、つい反抗してしまった。
麻美はもともといらいらしやすいほうだった。そんな自分がいやになって、逆に落ち込むこともときどきあった。そんなときは友だちとしゃべってお酒を飲んで時間をすごすのが一番の気分転換となった。
博子は、そんなときに麻美に付き合ってくれる大切な友だちだ。オフィスで麻美が泣いた日は、博子のほうが心配して、麻美を飲みに誘った。
ワインで乾杯したあと、麻美が言った。
「心配かけてごめんね。なんだか急にカッとなっちゃって」
「大丈夫よ。そんなこと、だれにだってあるわよ」
「そう言ってくれるのはうれしいんだけど、あんなに取り乱しちゃって泣いたりして、あーあ、なんだかぐっと落ち込んじゃったわ」
麻美がため息とともにたばこの煙を吐き出すのを待って、博子が言った。
「それってPMSかもしれないわよ」
「PMS?」
「そう、月経前症候群ってやつ」
「あら、そうかしら。いらいらしやすいわたしの性格が災いしているだけだと思っているんだけど」
「一度きちっと生理の日を手帳にしるしをつけるとかして調べてごらんよ」
麻美は、グラスに入った赤ワインをひとくち飲んだ。
「でも、そんなの関係あるかしら」
「漢方の先生が言ってられたわよ、そのいらいらがPMSだってわかるだけでも気分がずいぶん落ち着くものだって」
「漢方の先生って、ああ、博子が花粉症を改善するのに通っていた漢方薬局の先生ね」
「そう。わたしも生理前には便秘したりむくんだりするから、そのこともちょっと相談したことがあるのね。そのときに先生が言っておられたの」
「博子、漢方薬を二種類も飲んでたの?」
「ううん、煎じ薬一種類よ。花粉症の漢方とPMSの漢方というのが別々にあるのではなくて、わたしの体質を改善するための漢方薬を一種類飲むって感じよ」
「ふーん、漢方って奥が深いのね。でもとりあえずはこのいらいらや憂うつから解放されたいから、生理周期を手帳に書くようにしてみるわ」
■■「気」の流れを整える■■
それから三カ月、麻美のいらいらや憂うつ、情緒不安定は、見事に生理周期と関係があることがわかった。例のオフィスで泣いちゃった事件も、ちょうど排卵日のあとだったことがわかった。
たばこの量が生理前になると増えることまでわかった。
博子の言うとおり、いらいらや憂うつが生理周期と関係があるとわかっただけで、麻美の気持ちは少し楽になった。
ただ気持ちが楽になりはしたけれども、いらいらしなくなったわけではなかった。やっぱり生理前にはいらいらして、周りの人たちに迷惑をかけているような気がして、結局そんな自分を何とかしたいという思いは麻美からは消えなかった。
博子に相談してみた。
「ねえ、漢方薬って苦いんでしょ」
「あら麻美、漢方薬を飲む気になってきたの?」
「うん、ちょっとね」
「そうね、おいしくはないわね。でもPMSの相談も多いって、漢方の先生はおっしゃってたわ」
麻美はさっそく博子が通っていた薬局に行ってみた。先生は、穏やかな感じの男性だった。
先生は、麻美が書き込んだ問診票を見ながら、いろいろと細かく麻美に質問をした。ガスがたまりやすくて下腹がぽこっと張りやすいことや、便秘と下痢を繰り返しやすいことまで白状させられた。
「麻美さんの場合は、生理前に『気』の流れがわるくなるタイプのようですね」
「『気』の流れ、ですか?」
「そう、『気』の流れ。目に見えないんですけどね。レントゲンにも写りませんし、MRIでも見つかりませんよ。でも生きているあいだは『気』がからだの中を流れていると漢方では考えています。いわば、生命力や生命エネルギーのようなものです」
「その流れが生理前にわるくなるのですか?」
「そう、流れが滞る感じです」
気の流れがわるくなると、いらいらや不安を感じやすくなり、情緒不安定になって落ち込みやすくなる。胸や腹部、脇腹で膨満感が出やすい。便通も不安定になる。
「PMSだけでなく、下腹にガスがたまりやすいことや、便秘と下痢を繰り返しやすいことも、気の流れの停滞が原因のようですね」
「でも、どうして生理前に気の流れがわるくなるんですか?」
「それはホルモンバランスと関係があります。環境の変化や刺激に対して不安定に変動しやすい体調が、生理前の女性ホルモン値の変化の影響をもろに受け、精神面で混乱をきたしてしまいます。これがPMSです」
たしかに体調がわるいときに体内で何か流れがわるくなっているような感覚が、麻美にはあった。流れがつまっているような、なめらかでなくて不快な感じだった。
麻美には「気」の流れを整える漢方薬が処方された(漢方道の必殺技③)。香附子や芍薬などの生薬が配合されていた。
さっそく自宅に帰り、漢方薬を煎じてみた。鍋の水に生薬を入れ、火にかけた。
しばらくしてお湯が沸騰してくると、漢方薬独特の、少し懐かしいようなにおいがしてきた。弱火にして、薬局で説明を受けた時間ことことと煎じて、火を止めた。
火を止めたらすぐに、これも薬局で言われたとおり、かすをこして捨てた。いよいよ麻美用の漢方薬ができあがった。
さっそく飲んでみた。
――うーん、ま、おいしいもんじゃないわね。
麻美は、心配していたほど漢方薬が苦いものではないことを知って、少し安心した。
■■緊張の弦を緩める■■
麻美は毎日、漢方薬を飲んだ。飲んですぐに気分が晴れるわけではないが、なんとなく体調がよくて薬が自分に合っているような気がした。
漢方薬を飲み始めてから2回、生理が来た。PMSは少し楽になったようにも思うが、やっぱりいらいらや落ち込みはやってきた。
薬をもらいに行ったときに、先生に聞いてみた。
「先生、まだ生理前にはいらいらするんですけど、同じ処方を飲み続けていて大丈夫でしょうか?」
「そうですね、まだ漢方を始めて2カ月くらいですのでなんとも言えませんが、処方はもうしばらく同じものがいいでしょうね」
先生は、カルテを見ながら言った。
「ところで下腹にガスがたまりやすいことや、便秘と下痢を繰り返す症状は、どうですか?」
「あ、そういえば、最近そういう症状は全然ありません。いま先生に言われるまで気がつきませんでしたけど、そういえばおなかの調子はとってもいいみたいです」
先生の顔が、安心したような表情になった。
「あ、それはよかったですね。その調子ならお薬は効いているんだと思いますよ。同じお薬で大丈夫です」
「気の流れがよくなってきた、ということでしょうか」
「そうだと思いますよ。気の流れがわるくて、からだじゅうが緊張して硬くなりやすかったのが、少しずつ、あちこちでほぐれていく感じです。ぴんと張った緊張の弦が、少しずつ緩んで楽になるイメージですね。最初に緩んだのが、下腹の膨満感や便通など消化器系だったようですね」
――このまま調子よくいけば、そのうちPMSも楽になりそうだわ。
麻美は、明るい気持ちで薬局をあとにした。
「麻美、最近、明るいわね」
ロッカールームで博子に言われたのは、それから三カ月ほど経ったときだった。PMSのほうは、月を追うごとに着実に楽になってきていた。漢方薬の味も、そのころには気のせいか、おいしく思うことさえあった。
便秘やガスの悩みがなくなり、いらいらや落ち込みも少なくなってきていたので、明るくなって当然、と麻美はひとり納得し、にこにこ顔を博子に返した。
「漢方が効いたみたいね。よかったわね、麻美」
麻美にとって、よかったことがもうひとつあった。
それは、いらいらするとつい口にしていたたばこを、まったく吸わなくなったことだった。
(幸井俊高執筆 VOCE掲載記事をもとにしています)
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