不妊治療だけでいい?元気な母体作りが大切
幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局 の症例をもとにした漢方ストーリー
妊娠を望んでホルモン治療を始めた女性が、漢方を併用して全身の健康状態を改善し、妊娠に成功する過程を物語風に描いています。症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。
■■漢方で生命力を癒す■■
日和は民間のリサーチセンターで人口問題の研究をしている。
日本人の平均寿命は医療の発達などにより着実に延び続けている。これはありがたいことである。平成16年簡易生命表によると、平均寿命は男性が78.64歳、女性が85.59歳となっている。平成16年に生まれた赤ちゃんは、平均するとおよそ80歳まで生きられるということだ。
しかし一方で人口構造の高齢化が進んでいる。近年では出生率の低下による少子化傾向がこれに拍車をかけており、日本ではますます少子高齢化が進んでいる
日和が子どものころから日本は将来、高齢化社会になるといわれていたが、今ではそれが現実のものとなっている。将来の年金、介護などの問題は、すでに身近にせまっている。
日和は将来の日本の人口構造を「人口ピラミッド」として視覚化して、日本の人口の将来像を明確な形に表現する仕事をしている。そしてそれを民間企業や官庁にプレゼンテーションして、将来に備えた企業戦略の立案や社会インフラの充実に役立ててもらうのである。
結婚したのは5年前、でも仕事にたいへんやりがいがあり、続けている。社会に貢献しているという実感も持てる。でも毎日おそくまで数字とにらめっこしてパソコンの画面を見続けている日常の現実には、ほとほと疲れきっている。
人口ほど予測しやすいものはない。だれでも一年で一歳ずつ年をとるのだ。この当たり前のことを、あたかも鬼の首でもとったかのように自慢げに吹聴する上司がむかしいたが、現実にはそこに多様な要因がからんできており、一筋縄ではいかない。結局、毎日仕事は深夜にまで及ぶ。睡眠不足は当たり前、食事もめちゃくちゃで、肌の調子もわるく生理も安定しない状態がずっと続いている。
最近では、何をみても人口ピラミッドに見えてくる。
先日も、駅の時刻表を見上げていたら、朝の7~9時台の、時刻表の上のほうに電車の本数が多くてふくらんでいるその形が、2050年ごろに予測されている人口ピラミッドとやけに似ているのに気がついた。
――いやだわ、わたし、立派な仕事中毒ね。
思わずそんな自分ににやにやしながらひとり時刻表を見上げていると、うしろからぽんと肩をたたかれた。
「こんにちは、日和さん」
声をかけてきたのは、スポーツクラブで一緒の木村君だった。学生時代からゴルフをやっていたらしいけど、会社が忙しくてなかなかコースに出られず、運動不足を会社の近くのスポーツクラブで解消している。年下だけどなんとなく気が合い、クラブで会うとよく話をする。
「あら、木村君、お久しぶり。こんなところで会うなんて、めずらしいわね。最近スポーツクラブに来てないみたいだけど、忙しいの?」
「そうなんです、もうめちゃくちゃ会社にこき使われているんです」
そういえば木村君の会社も以前から残業が多いって聞いていたわ。休日出勤も多いみたいでストレスもあるらしく、気をつかうタイプの木村君は30歳前後なのに、もう髪の毛が薄くなってきていた。
あれ? 久しぶりに見る木村君ったら、ぜんぜん髪の毛が薄くないじゃないの?
「日和さん、これ、かつらじゃないですよ」
「そんなこと、言ってないわよ」
「じつは漢方薬なんです」
「漢方薬?」
「そう、漢方薬を毎日煎じて飲んで、髪の毛がもとに戻ってきたんです」
「へえ、すごいわね。中国4千年の歴史ってやつかしら」
「年とともに白髪や抜け毛が増えるのは自然なことで仕方ないんだけれど、不自然に、たとえばストレスなんかで若くして髪が抜けたり白髪が増えたりするのは、漢方で改善できることも多いみたいですよ。というのは、お年寄りとちがって、まだまだ元気な髪の毛をはやす力が潜在的にある、それをじゃましている要因を取り除いたり、足りない力を補ったりすることが、漢方にはできるようですよ」
「なるほどね、私たちにもともと備わっている力を最大限に活用するってことね」
「そうです。漢方薬で生命力を癒すことによって、体調を整えていくみたいです」
生命力を癒す、か。なるほどね。わたしも試してみようかしら。
■■全身の体調を整えて懐妊■■
日和の悩みは、なかなか妊娠しないことである。じつは去年から婦人科で不妊治療も始めている。
木村君から聞いた漢方薬局に行ってみた。
「ホルモン剤で人工的に妊娠しやすい環境を作るだけではだめです」
えっ、ホルモン治療以外に方法があるのかしら。
「もちろんホルモン剤による治療はたいへん有効な手段のひとつです。女性の生理や妊娠がホルモンの影響を大きく受けているのは事実です」
そうですよね。だから、わたしホルモン治療を受けているのですが。
「ただし体内のホルモンバランスを人工的に錠剤や注射で調えるだけでは不十分な場合が多いのです」
というと・・・・・・。
「りんごの木を思い浮かべてください。りんごの実がなるためには、まず受粉が必要です。おしべから出た花粉がめしべの先につくことです。そのあと、おしべから花粉管が伸びて胚珠に達し、受精します」
うん、うん、小学校の理科で習ったわ。
「しかし、それだけで立派なりんごが実るのでしょうか。りんごができるためには受粉は不可欠ですが、立派な実が育つためには、りんごの木そのものが元気で丈夫でなければなりません」
たしかにそのとおりだわね。
「つまり、ホルモン治療で卵胞や卵子の状態をコントロールしているから大丈夫、というものではなく、あなたの全身の健康状態がよくないといけません。とくに気血がゆったりとふくよかに体内に存在しないと、次の新しい生命は宿りません」
わたし自身が健康で元気かどうか、ということね。うーん、ちょっと自信ないなあ。
「人体を機械の部品のように分解してとらえる西洋医学では、妊娠に関しては子宮や卵巣だけをみて対処します。しかし人体全体の有機的なつながりを重視する漢方では、妊娠して新しい生命を育むだけの豊かさや元気が母体に存在するかどうかも重視するわけです」
「先生、漢方の周期療法というのもあるみたいですが」
「生理周期を低温期と高温期、さらに排卵期と月経期に細かく分けて、そのときの状態に合わせて処方を変えるやり方ですね。もちろんこれが有効な場合もありますが、現実には根本的な体質改善をするほうが効果的な場合も多いようです。新しい命を体内で育むのに十分な元気が足りない女性が多いんです。そういう場合は漢方薬で体調を整えればホルモンバランスも安定し、安定した生理周期が自然に生まれます」
わたしの場合は冷え症に生理不順もあったので、からだに元気とリズムをつけるのが先決、と言われた。気を補って(漢方道の必殺技①)かつ流れを調える(必殺技③)必要があるとのこと。
「漢方薬と並行して、深夜残業を減らして生活のリズムを作り、寝不足で疲れがたまるようなことのないようにしてください。からだ全体の養生が、まず大事です」
「でも先生、仕事が忙しくて」
「さっきも言いましたとおり、りんごの花を受粉させて、はいオワリ、ではありません。肥料をやり、水をやり、害虫の駆除をするなど手入れをしなくてはだめです。あなたの場合は、産婦人科で受粉に当たる部分だけして、りんごの木そのものの手入れができていないと思いますが、どうでしょうか。ご自分がいちばんよくわかっていらっしゃるでしょ」
くやしいけど、この先生の言うとおりだわ。よし、せっかく漢方を始めることだし、仕事のやり方や生活習慣も見直してみるか。
りんごの木の手入れを始めて半年後くらいから生理が安定してきた。そして1年後、生理が来なくなった。もちろんむかしのような生理不順ではなく、高温期が続いていた。
地下鉄の階段を下りていったら、ホームで木村君と会った。
「あら、お久しぶり、木村君」
「あ、日和さん、お久しぶりです。ホームでよく会いますね、ぼくたち。ところで最近、今度は日和さんがあまりスポーツクラブに来ていませんね」
「そう。じつはわたし、妊娠したの。それで、安定するまでは激しいスポーツはお休みしようと思って」
「ええっ、そうなんですか。おめでとうございます。でもちょっと複雑な気分。もう結婚しておられるとはいえ、日和さんには少しあこがれていましたからね」
「まあ、そんなこと、すらすら口から出るなんて、木村君もお世辞がうまいわね。でもうれしいわ、ありがとう。それに、木村君に教えてもらった漢方のおかげだしね」
きのう上司に妊娠したことを伝えた。4月から育児休暇をとることにした。
いま自分のおなかの中にいる赤ちゃんが、将来、人口ピラミッドを構成するひとりとなる。この子の将来のためにも、住みよい社会をつくり、豊かな自然を維持することが、いま生きている私たちの使命だと思えてきた。そんなことを考えながら、日和は自分のおなかを丸くさすった。
――よし、仕事も子育てもがんばるからね。
(幸井俊高執筆 VOCE掲載記事をもとにしています)
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