花粉症の根治は体の中から変える
幸井俊高執筆・・・薬石花房 幸福薬局 の症例をもとにした漢方ストーリー
長年の花粉症を漢方で改善していく女性の例を物語風に描いています。自分の生き方を変えていこうという気づきもありました。症例は筆者の経験をもとにしていますが、登場人物は実在の人物とは関係ありません。
■■花粉症を元から改善する■■
「博子さん、花粉症ですか?」
年下の智史から初対面のときにそう言われたのは、2年前のことである。日和さんの紹介で、3人で食事をした。
目立たないように鼻をかんでいたわたしをちらっと見て、元気な日和さんがすぐそれに答えた。
「ははは、まったく智史くんはデリカシーがないんだから。せっかくこんな美人を紹介してあげてるんだから、もっと気の利いたことを言いなさいよ」
「いや、べつに鼻ばっかりかんで色気がないなんて言ってませんよ」
「そういうのをデリカシーがないって言うのよ、まったく」
智史は、思ったことをまっすぐ口にするタイプだ。でも、さらりと言ってくれるので厭味がなく、むしろわたしにとっては、そうやっていろんなことをため込まない性格がうらやましかった。クールだけれども優しそうで、好感が持てた。
わたしの花粉症は、高校生のころからなので、かれこれ10年来の付き合いである。とくにスギ花粉の時期は、ティッシュが手放せない。朝からくしゃみを連発し、日中は水のような鼻水をたらたらと流している。鼻のかみすぎで、鼻のまわりの肌がかさついている。ホワイトデーにティッシュ5個セットを同期の男の子にもらったときには、ぶんなぐってやろうかと思ったこともある。
「いや、ぼくも花粉症だったんですけど、漢方薬で改善したんですよ。毎年この時期に薬で抑えてすごすより、いっそ元から改善しちゃえと思ってね」
「そういえば智史くん、今年はぜんぜん鼻水が出ないみたいじゃない」
智史も高校時代からの花粉症だったが、日和さんに紹介された漢方薬局で改善したのだった。
「漢方薬で元から改善したんですか?」
鼻をかみながら、わたしは智史に聞いた。
■■毎年繰り返す花粉症■■
わたしの場合、花粉症は高校1年の冬に突然やってきた。朝からくしゃみが止まらない。目がかゆい。水のようなさらさらの鼻水がとめどなく鼻腔を伝い落ちてくる。ティッシュをとるのが間に合わなくて、ぽたっと音を立てて鼻水が新聞に落ちたこともある。
耳鼻科に行ったら抗ヒスタミン剤が処方された。アレルギー症状を抑える薬だから、飲めば鼻水たらたらは抑えられる。でも、やたらと眠たくなる。頭がぼうっとし、思考力が落ちる。勉強や仕事どころではなくなる。
抗アレルギー剤というのも飲んだ。抗アレルギー剤という名前を聞いたときには、アレルギーを治してくれる薬かと思って期待したが、そうではなかった。抗アレルギー剤は、抗ヒスタミン剤がヒスタミンの作用を抑える薬であるのに対し、ヒスタミンなど炎症を引き起こす物質が放出されるのを抑える薬である。結局、対症療法。飲まないと症状はぶり返す。でも飲むと、眠気や頭痛、吐き気といった副作用がつらい。
数年前からは、スギ花粉だけでなく、秋のブタクサの花粉や、それにハウスダストにも敏感になり、年じゅう鼻水をたらしている慢性的な鼻炎の女になった。
抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤を飲まなければ副作用は消える。ただし花粉症の症状がすぐに再発する。体質から根本的に治せないのかと、いつも思っていた。
――なんとか根治できないかしら。
病院で相談すると、レーザー手術を勧められた。入院する必要もなく、簡単にできるという。インターネットで調べてみると、医師の言うとおり、日帰りで手術ができるようだ。副作用も少ないとのことなので、受けてみた。
手術の結果、ある程度、鼻炎の症状は緩和された。でも、前よりはまし、という程度で劇的な改善ではなかった。
そして三カ月もすれば、また鼻をかんだティッシュでごみ箱がすぐに一杯になる状態に戻ってしまった。レーザー手術さえすれば将来ずっと鼻炎から開放されるというわけではなく、数カ月から1、2年で鼻の粘膜が再生されて元に戻る、という話は残念ながら本当だった。
花粉症を漢方薬で改善したという智史と出会ったのは、そんなときだった。
■■「引き金」除去と「根本治療」■■
さっそく智史が通っていたという漢方薬局へ行った。智史も付き合って一緒に来てくれた。
薬局では、問診票への記入から始まり、いろいろとずいぶん細かいことを聞かれた。食生活や便の状態、睡眠時間など、関係ないことまで聞かれた。胃腸が丈夫でないこと、冷え症で手足が冷えやすいこと、乾燥肌で冬には下着があたるところなどがかゆくなること、生理前にはむくみがひどくなることなども話した。
――鼻の調子さえよくなればいいだけなのに。
こちらの不満そうな表情を、漢方の先生が見て取ったようだった。
「いま悩んでいる花粉症は、鼻だけの問題ではないんですよ。からだの中でバランスのわるいところがあって、それが原因で、くしゃみや鼻水という症状が出ているのです。だから、くしゃみや鼻水だけを抑えても、根本的な改善にはなりません。もとのバランスから調えていかないと、また来年も同じことの繰り返しになりますよ」
そう、博子はそうやって何年も同じような対症療法を繰り返してきた。
「アレルギーなど慢性的な病気を考える場合、病気の『根本原因』と『引き金』の区別をする必要があります。花粉症の場合、『根本原因』は体質です。そして花粉は『引き金』にすぎません。等しくスギ花粉の舞う都会に生活していても、鼻水がとまらない人もいれば、なんともない人もいるでしょう」
たしかにそうだわね。
「マスクをしたり外出を控えたりして『引き金』を除去するのもひとつの方法ですが、体質改善を進めないと、毎年同じような対症療法の繰り返しになりますよね」
「それで、鼻だけの問題ではなくて、からだ全体の、つまり体質の問題だというわけですね」
「そのとおりです。博子さんの場合は、冷えやむくみなどの症状もありますから、冷たい水がからだの中にたまっているような体質です。それが冷えやむくみの原因にもなりますし、花粉症の原因にもなるのです」
そういうわけで、わたしは体内の余分な冷たい水を捨てる(漢方道の必殺技②)働きの強い漢方生薬を飲むことにより、体質を改善していくこととなった。
■■同病異治■■
その日以来、智史とデートを重ねるようになった。ちょっと冷たい人かな、と思わなくもなかったが、なんとなくマイペースなところが逆に付き合いやすく感じた。
「漢方薬、毎日飲んでいるけど苦いわね」
「そうだな、良薬口に苦し、だね。でもそのうち慣れるよ」
「そうかしら、あんな苦くて酸っぱい味に?」
「え、酸っぱいの? ぼくの飲んでいたのはぜんぜん酸っぱくなかったよ。それ、くさったりしてない?」
心配になったので、翌日、漢方薬局に電話で聞いてみた。わたしと智史の処方を確認してから、答えてくれた。
「おふたりの処方はぜんぜん別のものですね。博子さんのは、確かに酸っぱい味がすると思います。くさってなんかいませんので、安心してお飲みください」
聞いて、安心した。
「同じ花粉症なのに、ぜんぜん違うお薬なんですか?」
「ええ、漢方の場合、病気が同じでも、薬はひとりひとり違うという場合がよくあります。それは、漢方薬がその人の体質に合わせて処方されるからで、病気の症状を抑えるだけの薬じゃないからですよ。鼻水を抑えるだけなら、抗ヒスタミン剤という同じ薬を使えばだれでも症状は軽くなるでしょ。でもそれは症状を抑えているだけ。漢方は、そうではなくて、花粉症の体質そのものの改善を進めるのです」
「ということは、同じ花粉症でも、わたしと智史くんでは体質が違うので、飲む薬も違ってくるのですね」
「そうです。そういうのを漢方では『同病異治』といっていますよ」
わたしは安心して漢方薬を飲み続けた。
成果は着実に現れ、飲み始めて半年後には、くずかごに捨てられるティッシュペーパーの量は格段に減った。お化粧ののりもよくなった。
でも減ったのは鼻をかむ回数だけでなかった。智史とのデートも、少しずつ間隔が開くようになった。会えば楽しく、優しくしてくれる。でも会っても会っても縮まらない距離感の存在が少しずつ大きく感じるようになった。
■■「とりあえず人生」から卒業■■
あれから半年、智史とは、もう3カ月くらい会っていない。メールも来なくなった。
クールなタイプの彼は、いつもガラスの壁の向こうでやさしくほほえんでいた。それは、わたしたちにとってはちょうどいい距離感なのかと思っていた。でも、あとから考えれば、それは相手のことを深く理解しようとしない怠慢の言い訳だったのかもしれない。
彼はほほえんだまま静かに立ち去り、ガラスの冷たい感触だけがわたしの前に残った。ガラスの壁があったから、わたしは泣きくずれずにすんだ。
表面ばっかりつくろっていても、結局だめだった。なにも変わらなかった。
あれ? これって漢方の体質改善と同じだったんだ。表面的に症状だけをごまかして抑えても、根本的な解決にはならなかったものね。
病気も体質も人間関係も、表面的な部分ではなく、その本質を丁寧にとらえることが大事なのね。表面的にとりあえずごまかして問題をあと送りする「とりあえず人生」からそろそろ卒業しなくちゃね。
(幸井俊高執筆 VOCE掲載記事をもとにしています)
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